初恋をもう一度。
黒い放心
たった少しの間、立ち話をしただけだった。
彼女は記憶障害を除けば、以前とは何ら変わりなく、気配りと優しさをもって接してきた。
冷静さを取り戻したあの後、恭平は家に一度戻って朝食を摂った。
家族と同じテーブルについていたが、恭平だけは別の次元に存在するかのように至って寡黙だった。
頭の中に交錯するのはもちろん、先程の唯に関する事実である。
悪い予感は当たっていた。やっぱり彼女は記憶から自分を抹消してしまっていたのだ。
過去の恋人と言えど、憎しみのような感情もないし―彼女の方にそれがある場合は考えられるが―良い思い出も悪い思い出も、覚えていてくれたらと思った。
今までは半分ずつに共有してきた思いや記憶は、今や自分だけの孤独な空の現実に思えた。
胸を支配するのは深い孤独感だった。