ゴーストオブアイデンティティー
言わば、もう一つの死が待っている。

アイデンティティーの、死。


いっそのこと破壊してしまえば、楽になるかもしれない。



亡き者を、無き者に。

そうすれば、哀しみは薄らぐ。名無しの墓への哀しみを、捧げずにいられる。


しかし、壊す者は現れない。

誰も、否定しない。

在った事実を、崩さない。


それは多分、世界の何処かで、その骸を弔い、蔑まず、心の底から哀しんでくれる人がいると信じる人が、いるからだ。


そんな人がいるから、骸は存在し続けていられる。

そして、今此処にある無縁仏へ、幸運にも訪れる者が在った。


来訪者は、ただ無言で墓の前に立ち、見つめた。

か細い姿だった。和服で多少は幅が広く見えるが、その和服も既にあちらこちらに泥がつき、生地が切れ、荒んだモノとなっていた。

髪の毛は身長より長く、毛の先が泥にまみれ、血が付いていた。


来訪者―――暗忌運命

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