MIYUKI
 ふいに、彼女が右手を伸ばし、僕の顔に触れた。
 目が合ったまま二、三秒、このまま時が止まってしまうのではないかと思った瞬間、すくっと彼女は立ち上がった。

「じゃ、ぼちぼち行ってきますわ。」
「ああ・・・、気をつけろよ。」
「そういえば、この間のカノジョは、その後、どう、」
「彼女じゃないよ。あれ以来話し掛けても来ないし。」
「あんなの辞めときなよ、わたしの方が美人でしょ、」
「え・・・、そりゃ、もちろん、そうだけど・・・」

 くるりとこちらに振り返った彼女の笑顔は、確かにとてもきれいで、ガラにもなく頬が火照っていくのを感じた。

「いくちゃん、」
「な、なんだよ、」

 何度正しても彼女は僕を、幼いころのままの名で呼ぶ。

「ほっぺに、チョークついてるよ。」
「へ、」

 にゅっと目の前に伸ばされた彼女の人差し指は、猫を描いた時に付いたと思われる軽石の色で真っ白になっていて、そしてその指はさっき、僕の顔に触れていた指だった。
 左手の頬を拭ってみると案の定、手の甲に白い粉が付いてきた。

「あははははっ」
「あっ、ちょっ待てっ、みゆき!」

 転がるような笑い声を上げて逃げ回る彼女を捕まえようとした瞬間、するりと指の間を抜けて、彼女は飛んだ・・・。
 また独りきりになった屋上で僕は、授業の終わりを告げる鐘の音が青い空に吸い込まれていくのを見上げていた。
 目覚めの日の鼓動が、静かに胸の奥に高鳴っていくのを感じながら・・・。
< 2 / 4 >

この作品をシェア

pagetop