愛の毒が廻る頃には 【超短編集】
全身の力が抜け切った僕に、田中の持っているカバンの中身がふと見えた。

鋭利にギラリと光るナイフが見える。

あんなクソババア教授に振られたせいで殺されたら…本当にかなわない。間違いなく浮かばれない。

人類学のババア教授が田中を振らなくて本当に良かった。初めて心から彼女に感謝した。

「……田中、お前、いろんな意味で良かったな…」

歓喜の笑みを一杯に浮かべた田中に、小さくそう言葉をかけるのが、今の僕の精一杯だった。

そして文化人類学の授業の中で“クロマニョン人”が…と女教授が発音する度、『つーか、お前だろ?』と教授に突っ込んでいる生徒がいるのは、絶対に口が避けても田中には言えない。


ーー田中のナイフが鞄から無くならない限りは。



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