耳のない男
彼と出会ったのはよく行く居酒屋だった。カウンターのあちら側とこちら側で初めて顔を見合わせた時、私は真っ先にその耳に目を向けていた。
──その耳、どうしたの?
思わず口をついて出た言葉に、目の前で焼き鳥用の肉を串に突き刺し損ねた男は、戸惑いの混じった表情でこちらを見た。
──そんなストレートに訊いた人初めてだ。
いかつい体から紡ぎ出されたその声は意外にもクリアなバリトンで、私の方こそ驚いて、視線を彼の顔とがっしりした体の上から下、下から上へと往復させてしまった。
その視線に気付いたのか気付かなかったのか、彼は無言のまま一度店の奥へ引っ込んでから再び私の前に立った。
長い指が滑らかな動きで串に赤黒いレバーを刺していく。
──コンロで。
ポツリと男の口からこぼれた言葉に、一瞬意味が分からなくて私はその口元を凝視した。
薄い唇は微かな笑みを乗せたまま、もう一度開いた。
──この耳。コンロでやったんですよ。