名も無き花
その時、彼女のバッグから音質の悪い歌声が聞こえて来た。

着歌だ。音楽にうとい俺でも聞き覚えがあるような最近流行の曲だ。

テレビを見ていれば自然と耳に入ってくる、耳障りで、そのうえ音質の悪い歌声も、今の俺には女神の歌う救いのメロディに聞こえた。

神を信じて見ようと言う気になった。


彼女は、バッグから自分のケータイを取り出して開始ボタンを押した。

「はい、哀美でーす」

相手を挑発するようなトーン。恐らく、仲のいい友達だろう。

透き通る様な綺麗な声は、着歌の低音質の歌声より遥かに魅力的だ。

刑執行のボタンに片指かけられると言うのに、俺は何考えているんだ…。

早くこの状況を抜け出す方法を考えなくては。
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