今日、世界は終わるのだ






「ぃ、てぇえ……」

カーテンのない窓から差し込む容赦ない朝陽に、薄目を開けた。
体が微妙に引きつっていて痛む。
それから、左半身に感じる自分の体温とは異なる熱の塊。

「こ、のクソアマ…」

案の定、不健康な寝顔の女がそこにいた。人の左半身に巻き付いて暖をとっている。
俺の頭を抱える様に眠るリナは、昨晩と変わらず下着姿で。

(……舐められてやがる)

とはいえ、今の自分にリナをどうこうする力は残っていない。

「オイ」

引きつった体が痛い。どうやらベッドに寝るため、無理矢理奥に押しやったらしい。
重症だなんだと世話を焼くわりに、肝心なところが雑である。

左耳に感じる酒臭い息と細い黒髪が擽ったい。

「おい、リナ」
「……んぁ?」

一度の呼び掛けに反応して、頭を抱えていた腕が緩んだ。
寝起きなりに気遣いを示したのか、俺の体が痛まないようゆっくりと離れていく。

「なんの真似だ」

起き上がった下着姿のリナは猫の様に伸びをする。
そんな女を、俺は下から睨みつけた。

「添い寝」
「頼んでねぇよ」

更に強く睨みつけると、リナも不機嫌そうに眉を寄せる。

「魘されてた分際で偉そうに」
「あぁ?」

ふいに伸びたその指が、俺の頬を傷口を避けて、撫でた。

「夜中、鳴き出してうるさかったから」
「誰が」
「あんた以外に誰がいるよ……」

呆れた、と視線を流された。

「その怪我で暴れ出したから、押さえがてら添い寝」

そう言って、リナは俺の瞼の端を舐める。
こいつのこれは、猫がじゃれてくるのと同じものだと捉えるようにした。
いちいち反応しても、疲れるだけだ。

「なんで俺が泣くんだよ」
「……泣くまではいかなかったけど」

その指が唇を撫でる。
どこか憐れむような視線に、心中が波立った。

「……鳴くから」
「わかんねぇよ」
「寝ながら凄い興奮してて、縛ろうかと思った」
「そういう趣味かよ」

――昨夜、見た夢。
夢、というよりこの怪我を負う直前の記憶が鮮明に蘇る。

「思い当たった?」

顔に出ていたらしい。
リナが俺の顔を覗き込む。

「別に」
「ふん?」

リナはさして追求しようともせず、寝室を出ようと俺に背中を向けた。
そこに、昨日はなかったものが、今日は、あった。

「――おい」

落ちていたタオルを拾う、こちらに向けられた骨ばった背中。
黒いブラジャーの紐と、まるで糸が解れて重なるように。
鋭い爪に引き裂かれたような、傷。

「その傷、どうした」

昨夜、リナが風呂から出てきた時はあんな傷はなかった筈だ。

「……さぁね」

リナはちらりと俺に視線を寄越すと、そのままキッチンへと消えた。
生々しい傷に血が滲む背中を、俺は呆然と見つめるしかない。

『グラム』

いつだったか。焦ったように俺を呼ぶ声が蘇る。


「――リナ!」

そして、思い至る。

「なに、煩い」
「来い」

キッチンから顔を覗かせたリナに、俺は怒鳴るように言った。
痛みに声が掠れて、威圧感もクソもなかったが。

「後で、」
「いいから今すぐ来い」

再びキッチンに戻ろうとしたリナをもう一度呼べば、諦めてこちらへやって来て、仁王立ちで俺を見下ろす。
その顔を睨みつけながら。

「背中以外、他には?」

問えば、浅い溜め息。

「……ないよ」

ほんとかよ。
信用できない女の言い分に、その腕を力なく掴み、近づけと言うように引く。
それに素直に従ったリナが、片膝をベッドに乗せた。
なんの感情も含まない、不透明な睫毛が揺れる。

「……怯えてたよ」
「俺が?」
「ん。そんで、怒ってた」

まるで、母親のような顔だった。
心配しているようでもなければ、困っているようでもない。
全て、受けれいているような。

「――なにか」

口走らなかったか?

「なにも。動物みたいに鳴いてたから」
「動物……」

リナの言葉に脱力する。引きつる頬に、傷が痛んだ。

「ねぇ」
「んだよ」
「……キスしていい?」
「はぁ?」

唐突な誘いに、俺は脈絡を探すように思い切り眉を寄せた。

「……鳴いてるあんたの声、女の子みたいだった」
「……そっちの趣味かよ」
「違う、けど」

リナが俺に覆い被さるように腕をつく。
何気なく眺めた、長い髪に隠れていた肩に目を奪われて。


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