今日、世界は終わるのだ
※
「ぃ、てぇえ……」
カーテンのない窓から差し込む容赦ない朝陽に、薄目を開けた。
体が微妙に引きつっていて痛む。
それから、左半身に感じる自分の体温とは異なる熱の塊。
「こ、のクソアマ…」
案の定、不健康な寝顔の女がそこにいた。人の左半身に巻き付いて暖をとっている。
俺の頭を抱える様に眠るリナは、昨晩と変わらず下着姿で。
(……舐められてやがる)
とはいえ、今の自分にリナをどうこうする力は残っていない。
「オイ」
引きつった体が痛い。どうやらベッドに寝るため、無理矢理奥に押しやったらしい。
重症だなんだと世話を焼くわりに、肝心なところが雑である。
左耳に感じる酒臭い息と細い黒髪が擽ったい。
「おい、リナ」
「……んぁ?」
一度の呼び掛けに反応して、頭を抱えていた腕が緩んだ。
寝起きなりに気遣いを示したのか、俺の体が痛まないようゆっくりと離れていく。
「なんの真似だ」
起き上がった下着姿のリナは猫の様に伸びをする。
そんな女を、俺は下から睨みつけた。
「添い寝」
「頼んでねぇよ」
更に強く睨みつけると、リナも不機嫌そうに眉を寄せる。
「魘されてた分際で偉そうに」
「あぁ?」
ふいに伸びたその指が、俺の頬を傷口を避けて、撫でた。
「夜中、鳴き出してうるさかったから」
「誰が」
「あんた以外に誰がいるよ……」
呆れた、と視線を流された。
「その怪我で暴れ出したから、押さえがてら添い寝」
そう言って、リナは俺の瞼の端を舐める。
こいつのこれは、猫がじゃれてくるのと同じものだと捉えるようにした。
いちいち反応しても、疲れるだけだ。
「なんで俺が泣くんだよ」
「……泣くまではいかなかったけど」
その指が唇を撫でる。
どこか憐れむような視線に、心中が波立った。
「……鳴くから」
「わかんねぇよ」
「寝ながら凄い興奮してて、縛ろうかと思った」
「そういう趣味かよ」
――昨夜、見た夢。
夢、というよりこの怪我を負う直前の記憶が鮮明に蘇る。
「思い当たった?」
顔に出ていたらしい。
リナが俺の顔を覗き込む。
「別に」
「ふん?」
リナはさして追求しようともせず、寝室を出ようと俺に背中を向けた。
そこに、昨日はなかったものが、今日は、あった。
「――おい」
落ちていたタオルを拾う、こちらに向けられた骨ばった背中。
黒いブラジャーの紐と、まるで糸が解れて重なるように。
鋭い爪に引き裂かれたような、傷。
「その傷、どうした」
昨夜、リナが風呂から出てきた時はあんな傷はなかった筈だ。
「……さぁね」
リナはちらりと俺に視線を寄越すと、そのままキッチンへと消えた。
生々しい傷に血が滲む背中を、俺は呆然と見つめるしかない。
『グラム』
いつだったか。焦ったように俺を呼ぶ声が蘇る。
「――リナ!」
そして、思い至る。
「なに、煩い」
「来い」
キッチンから顔を覗かせたリナに、俺は怒鳴るように言った。
痛みに声が掠れて、威圧感もクソもなかったが。
「後で、」
「いいから今すぐ来い」
再びキッチンに戻ろうとしたリナをもう一度呼べば、諦めてこちらへやって来て、仁王立ちで俺を見下ろす。
その顔を睨みつけながら。
「背中以外、他には?」
問えば、浅い溜め息。
「……ないよ」
ほんとかよ。
信用できない女の言い分に、その腕を力なく掴み、近づけと言うように引く。
それに素直に従ったリナが、片膝をベッドに乗せた。
なんの感情も含まない、不透明な睫毛が揺れる。
「……怯えてたよ」
「俺が?」
「ん。そんで、怒ってた」
まるで、母親のような顔だった。
心配しているようでもなければ、困っているようでもない。
全て、受けれいているような。
「――なにか」
口走らなかったか?
「なにも。動物みたいに鳴いてたから」
「動物……」
リナの言葉に脱力する。引きつる頬に、傷が痛んだ。
「ねぇ」
「んだよ」
「……キスしていい?」
「はぁ?」
唐突な誘いに、俺は脈絡を探すように思い切り眉を寄せた。
「……鳴いてるあんたの声、女の子みたいだった」
「……そっちの趣味かよ」
「違う、けど」
リナが俺に覆い被さるように腕をつく。
何気なく眺めた、長い髪に隠れていた肩に目を奪われて。