PEACE
* * *
「すみませんでした……」
古城から少し離れたところにある小さな家で、奈久留は頭を下げていた。
奈久留が謝る先にいるのは、先程城下街で会ったあの少年だ。
「いや、別に謝ることはない。あそこは俺の敷地じゃないから。……俺の方こそ、怒鳴ってすまなかった」
少年はそう言って奈久留に温かい飲み物を手渡し、側にある椅子に座るように言う。
奈久留はカップを受け取り、椅子に座った。
温かいミルクティーのようだ。
紅茶の香りに混じり、僅かにミルクの匂いが漂う。
猫舌な奈久留は、その香りを味わいつつ、ミルクティーを冷ますために息を吹き掛けた。
「それに、あの城はもう……」
少年は眉間に皺を寄せ、何かを呟いた。
「え?」
ミルクティーに意識が集中していたため、うまく聞き取れず、奈久留は聞き返す。
「……いや、何でもない。それよりお前、名前は?」
「あっ! 奈久留です」
そういえば、と奈久留は自己紹介がまだだったことに気づき、急いで答えた。
「奈久……留? 名字は?」
少年は、目を丸くして、しどろもどろに問い掛けてくる。
そんな様子を不思議に思いながらも、奈久留は答えた。
「雷響、ですけど」
奈久留は咄嗟に口を両手で押さえた。
(どうしよう! 安易に名前を口にしちゃいけないのに……っ!)
気が抜けていた。
奈久留は少年の反応をドキドキしながら待っていた。
「雷響って……」
彼はハッと心をつかれたように目を見開いた。
「奈久留! お前、生きてたのか!」
そう言って、少年はいきなり奈久留の腕を引き、自分の胸に抱きしめたのだ。
「へ!?」
「俺だよ、俺! 昔、城で下働きしてた雪夜だよ!」
いきなり自分の名を呼び捨てにしたことなど、もうどうでもよかった。
初めて男性に抱き着かれたことに、顔が紅潮していく。
そんな奈久留をよそに、雪夜と名乗った少年は、今までにない笑顔で奈久留に笑いかけた。