プラチナの誘惑
「今から出かけるんだけど…。
急ぐから、また後で話す」

柚さんの入院している病院へ行く事を、手早く簡単に言える自信がなくて、とにかくそれだけを告げて。

優美さんと一緒にいる姿を見ずにすむ場所へ早く行きたくて、ちょうど開いたエレベーターに飛び乗った。
振り返ると、今にも駆け寄って来そうに見える昴が、私をじっと見据えて

「今晩も俺の部屋に来いよ」

辺りにいる人みんなが動きを止めるくらいの大きな声で叫んだ。

ゆっくり閉まるエレベーターの扉の向こうでニヤリと笑ってたように見えたのは、気のせい…?

一人エレベーターの中で恥ずかしさに顔を両手で隠して…。
思わずキャーキャーと独り言。
きっと、設計部のほとんどの人が昴の声を聞いたはずで…。
優美さんの驚いた表情が教えてくれたように、私と昴が付き合ってるって事はかなりの意外性を持ってるはず…。
今まで女の子との話題には事欠かなかった昴。
おまけに昴の仕事ぶりは社内の評価も高いから、いろいろな面で名前が知られている。

反対に。
恋愛関係の話題は皆無で、会社組織に見事に埋没している私。

一緒にいる事に違和感を感じる人も多いだろうし…。
無理だろうって聞き流す人も。

私一人…ううん。
私と昴以外には肯定的に受け止めてくれる人はほんの少しかも。

そんな前提は、昴もわかってたはずなのに。
敢えて周りに聞こえてもいい大きな声で叫んでくれたって事が…。

恥ずかしくて恥ずかしくて…そして…嬉しい。
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