プラチナの誘惑




「病室は、5階の特別室だ。直接行ったらいいから。…相模が野崎さんに連絡入れてるはずだ」

「はい…」

「俺も行きたいけど、現場に行かなきゃならないから…。

出産したら柚さんに会いに行くって伝えてくれ」

その言葉が少し震えている事に気づいて、そっと隣の小椋さんを見ると、いつも以上にクールな表情が、ただ前を見ていた。
泣いているのかと感じたけれど、勘違いだったのかな…。
運転中の小椋さんは、それ以上は何も言わず、病院へ向かう間も私との会話は殆どなかった…。

日和の友達とはいえ、さほど親しくしていない私と二人の車内。
小椋さんにしてみれば、話したい事なんてないのかもしれない…。

私にしても、柚さんに会う事への緊張で。
日和との事をからかったりしようと思えばできるけれど…。
それどころじゃない心境が、何もする気にさせなくて。
ただ助手席で、緊張と闘っていた…。

そして、何気なく視界に入った手…。
ハンドルを握る小椋さんの両手はぎゅっと握られていて手の色も変わっていて…。



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