プラチナの誘惑
宣伝部の全体会議が始まって1時間が過ぎて。
遠くから聞こえる部長の声なんて頭に入らない。
手元に広げた資料の文字もしっかりと読めずに。
不安と緊張感が身体中を支配している。
ふっと気を緩めると、昨日柚さんと交わした会話や優しく微笑んでくれた顔が、涙を誘う…。
しっかりしないと…。
『健吾と柚さんを引き離すなんてできないのよ』
今朝電話して、柚さんの出産が今日あると伝えた時に、心配する私を力づけるようにそう言った姉さん。
普段は『野崎くん』としか呼ばなかったのに、
『健吾』と口にした事に姉さんは気付かないままに、電話越しに段々涙声になるのを隠すようにひっそりと電話を切った。
名前で野崎さんを呼んだ事で、二人の過去が想像できる。
確かに二人には深い繋がりがあるんだろうな…。
そして、姉さんが柚さんを心配する気持ちも嘘じゃなくて…。
私の知らない時に、私の知らない苦しみを抱えていた姉さんを、初めて身近に思えた。
何もかもを手にしていた姉さんを妬んで…距離を作っていたけれど。
悩み続けていたのは、私だけじゃないと気づいた…。
そして、今必死で生きようと頑張っている柚さん達の願いに比べたら…。
誰からも一番に愛してもらえないと感情を閉ざしていた私の悩みなんてかすり傷のようなもの…。
ぐっと目を閉じて、祈るように涙を堪えて。
柚さんが無事に桜ちゃんを抱けますように…。
バンッ。
大きな音がして、部屋中か静かになった。
止まりそうな呼吸に耐えた一瞬の後、
「彩香っ」
え…っ?
会議室のドアを勢い良く開けて、大きく肩で息をしている昴がいた。
「昴…?」
「…今…相模さんから連絡があって…」
乱れる呼吸の合間の言葉が…私の心臓を掴みそうに…。
震える両手を胸の前で握りしめて…昴の次の言葉を待った…。