プラチナの誘惑
「柚さんも桜ちゃんも大丈夫だっ。
ちゃんと家族三人で新居に住める」

何もかも忘れたように、ただその言葉だけを叫ぶ昴と同じように…私も涙が溢れて何も言えなくなった。

「良かった…良かった…」

そうつぶやいて、両手で顔を覆いながら、我慢できずに嗚咽を漏らしてしまう…。

本当に、良かった…。
あの綺麗で優しい笑顔にまた会える。
柚さんに、私の作った布絵本を読んでもらえる…。
…柚さん…おめでとう。

そして。
気付くと、会議室のドア付近で涙していた昴の横には小椋さんが立っていて昴の背中をぽんぽんと軽く叩きながら耳元に何か囁いている…。

その後、何が起こっているのか理解できずにいる宣伝部の部長に視線を移すと、

「あー、お騒がせしてすみません。こいつ連れて戻るんで。
…森下は悪くないんで、そっとしておいてやってください。
じゃ…失礼します」

深く頭を下げながら昴の背中を押すと、小椋さんは私に向かってホッとしたような笑顔を見せた。

「もう、安心していいぞ」

それは、私に言いつつも、私よりも長い間野崎家と関わってきた小椋さん自身に言っているように聞こえた。

私はただ、涙が止まらないままの顔に必死で笑顔を作って何度も頷いた。

良かった…良かった。

昴と小椋さん二人の目から飛んでくるそんな言葉を噛み締めながら、二人が部屋から出ようとしているのをぼんやり見ていると、

再びドアがバンと開けられ、

「彩香っ柚さん頑張って頑張って大丈夫だって」

そう大きな声が…。
また…会議室に響いた。

え…?

昴も小椋さんも一瞬驚いて、身体を後ろに引いていた…。

「日和…」

苦笑しながら、くくっと笑う小椋さん…。

ふふっ…。

何だか…ここが会社だって忘れてしまいそうになるくらいに幸せだ…。

そっと浮かんでるに違いない私の笑顔は…同じように笑う昴と絡み合う視線によって…更に幸せだ…。
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