美穂と千夏
1.部屋
 ――あれから。

 頭がぐるぐるして訳の分からないことを口走り始めた私に対して、こうなることはなんとなく分かってたけどね、と笑いながら――でもどこか悲しそうに――千夏は私の腕を引いて、教室を後にした。

 恋人になりたいって言ったけど、やっぱいいや。このまま、友達でいよう。

 そう言って、いつもの交差点で別れた直後、夕方を知らせるように涼しい風が横切った。一瞬のことだったけれど、ぐつぐつと煮えたぎってるような私の頭を冷ますのには、簡単だった。
 とろとろと歩を進め、電柱にうっかりぶつかりそうになりながらも、ようやく自分の家に辿り着いた。

「ただいま……」 

 バタン、と後ろ手でドアを閉め、スクールバックをどさりとフローリングの廊下に置いた。――落としたという方がいいかもしれない。すると、ちりんと去年の夏休みに千夏がくれた猫のストラップの鈴の音が鳴る。

 ああ、どこのお土産って言ってたっけ……。

 そんなことを考えていると、廊下に足音がとたとたと響いた。

「おかえり美穂。ママが杏仁豆腐冷蔵庫にあるから食べろって」
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