午前0時の誘惑
「申し訳ございません。そんなつもりは……なかったのですが……」
やけに歯切れの悪い黒川さんに、通り過ぎた不安があと戻りしてくる。
「もしかして……私以外に……?」
やっぱり誰か別の人がいるんだ。
ミラー越しに黒川さんの目が泳いだのを、私は見逃さなかった。
「今日はしゃべり過ぎてしまいました。さ、着きましたよ」
誤魔化された感は否めない。
いないのなら、否定することは出来るはず。
でも、これ以上何も話してくれないことは、今までの経験から分かっていた。
黒川さんは、核心部分になると、いつも途端に口をつぐんでしまうから。
海生には、私に知られると都合の悪いことがある。
きっと、そうなのだ。
黒川さんが運転席からすかさず降り立ち、後部座席のドアを開けてくれた。
「どうもありがとう」
見上げても、頂上の見えない高層ビルの前。
そこは、私が勤めるKストリームコーポレーションの本社だった。
朝の光が窓に乱反射して、眩しさに思わず目を閉じた。