午前0時の誘惑
目を伏せて首を横に振った。
次がいつなのか、それすらわからない。
だって、海生の連絡先さえ知らないのだから。
海生が会いたいと思ったときにだけ、私のスマホに入る連絡。
しかも、非通知なんて笑えない。
私たちの間には、双方向の回線じゃなく、海生から一方的に繋がる線しか存在していなかった。
糸電話よりも、もっと原始的だ。
モールス信号だって、自から発することはできるのに。
海生のことで知っていることと言えば、その名前と年齢だけ。
それを思い返すたびに、深い溜息が漏れる。
「まさか、まだ教えてもらってないとか言うの?」
私の様子でピンときたのか、清香が呆れた顔をする。
「ねえ、こんなこと言いたくないんだけど……」
清香の声のトーンが驚くほど下がる。
私にとって、良くないことを言われることは、簡単に察しがついた。
「単なる金持ちの道楽じゃない? 莉良を自分の自由になるオモチャとでも思ってるんだよ」
「そんな……」
「だって、向こうの都合で抱くだけ抱いて、あとは綺麗な洋服でもあてがっておけばいいなんて」
耳が痛い、清香の言葉の数々。
どこかでそんな風に感じ始めていたのは事実だった。
それでも認めたくはないから、見えない片隅へと追いやってきた。
心も身体も繋がっているはずなのに、そこには信頼関係がまったく存在しない。
恋人同士とは決して呼べない間柄。
私たちの関係に名前をつけるとしたら、一体何になるんだろう。
清香の言葉が、私の胸の中で不信感を小さく芽吹かせた。