午前0時の誘惑

「莉良様」


背中から、特徴のある平坦な声が掛けられた。
振り返ると、それは予想通りの黒い影だった。


「……黒川さん、どうしたの?」


どうしてこんなところに?
会社からはもう何百メートルも離れているのに。

私に発信機でもつけられているんじゃないかと思ってしまう。


「海生様がお会いしたいとのことでございます」


いつものように唐突すぎる、海生のわがままだった。

海生が私に会いたがってる。
たったそのひとことで。
ついさっきまで疑念でいっぱいだった私の心は、いとも簡単に覆される。

私も会いたい。
すぐにでも抱き締めてもらって、この不安を消し去りたい。

でも……。
ふたつ返事で頷きそうになるのを必死に押し留めた。

いつもの私なら、会いたい気持ちにあっさり負けて、素直に従っているところだ。

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