午前0時の誘惑

たくさんの通行人が不審そうに振り返るようにして行き過ぎる中、黒川さんが地についてしまうじゃないかと思うほど頭を下げる。


「黒川さん、こんなところでやめてください」


肩先に手を伸ばし、黒川さんの身体を起こそうとした次の瞬間。


「莉良」


小さいのに、存在感のある声が耳に届いた。
こんな雑踏でも、確実に耳に捕えてしまう、その声。


「……海生」

「海生様!」


一緒だったのだ。
黒川さんがひとりで私を迎えによこされたのじゃなかった。


「黒川は下がって」


そう命じられると、黒川さんは軽く頭を下げて、車のほうへと歩き出した。


「莉良をちょっとお借りします」

「え……あ、はい……」


陸也に向かって口元に笑みをたたえる。
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