午前0時の誘惑
◇◇◇
「そろそろ機嫌を直してくれないかな?」
ホテルの部屋に運んでもらった食事も、そのほとんどに手をつけずにいる私。
海生もさすがに手を焼いているようだった。
どれほど願っても、本当の姿を見せてくれない海生に、私にはこうするしかほかに術を見つけられない。
子供みたいに意地を張っているだけだと思われてもいい。
私の小さな報復だった。
「初めて会った日のことを思い出すよ」
口をつぐんだままの私に、海生が遠い目をする。
そして、何かを思い出したように、柔らかく微笑んだ。
あの時は……。
夕方から降り出した雨に、小さな折りたたみ傘を差して歩いていた私。
勢いよく通り過ぎた車が、タイミング悪く水たまりを撥ねて、私は全身ずぶ濡れになってしまった。
それが海生の乗る車だったのだ。
「あの時も今と同じように、ただ黙って静かに怒ってたっけ」
可笑しいことなんて何ひとつないのに、海生がクスっと笑う。