午前0時の誘惑
海生のいつも与えてくれるような高価なものではないけれど、お気に入りの洋服を汚されて、怒らない方が変だ。
思わず睨みつけた。
それなのに、海生の凛とした視線の前ではまったく効力を成さなくて、穏やかに見つめ返され、逸らすのは私の方だった。
「そんな顔しないで」
伸びてきた手が頬をそっと撫でた。
あの夜と同じ。
濡れた私の頬に触れた、海生の長い指。
そのまま導かれるように車に乗せられたんだ。
海生のその瞳に見つめられて、抵抗できる女はきっといない。
それは、知らない男の車に乗ることへの分別もつかなくなるほど。
「ほら、こっちにおいで」
もう意地なんて、張っていられなかった。
海生とじゃ、喧嘩にすらならない。
いつだって下手に出て、私をすっぽりと包み込んでしまうから。
何も知らなくてもいい。
目の前の海生さえ消えなければ。
そう思ってしまう私は、なんて意志薄弱なんだろう。