午前0時の誘惑
◇◇◇
「莉良様、着きました」
黒川さんの声で、いつものところに着いたのだと、初めて気づかされた。
窓の外を流れる景色さえ目に入らなくて、海生の存在だけを肌で感じた会社までの数十分。
特別な会話なんて必要ない。
ただ、海生に寄り添っていられる朝が、この上なく愛しかった。
できることならば、このまま離れずに……。
願いはひとつだった。
「莉良、これ……」
「なに……?」
降りようとした私の右手に、海生が何かを握らせた。
中を確かめる。
「海生、これって……」
「今度は、駄々をこねずに会ってくれるね?」
海生の子供をあやすような優しい微笑みが返される。
思わず溢れた私の笑顔に、海生は満足気に頷いた。