午前0時の誘惑
◇◇◇
「海生様、よろしいのですか?」
走り出した車のミラー越しに黒川が問い掛ける。
いつもよりも少しトーンが低いのは、気のせいではないだろう。
無視を決め込むつもりで、窓を全開にした。
容赦のない冷たい風が吹き込み、髪もろとも俺の気持ちをかき乱していく。
時間を巻き戻せるのなら、莉良と出会ったあの夜に……。
車を止めずに立ち去る未来へと変えてしまいたい。
そうすれば、この胸の痛みもなくなるだろうに。
「間もなく発表の時です。今朝早く、詳細の打ち合わせの連絡が――」
「それ以上、何も言うな」
黒川をきっぱりと遮る。
「はい。……それでは最後にひとつだけ。明日は夏希様のお誕生日ですが、いつものお店でよろしいですか?」
「……好きにしてくれ」
自分でも驚くほど無愛想に答え、黒川をシャットアウトした。