午前0時の誘惑

◇◇◇

その日の夜のことだった。
清香とお茶をしていた、仕事帰りのカフェ。


「……でね、部長ったら、その書類に承認印を忘れたのよ」

「うん、それで?」

「もちろん無効よ。そしたらね、竹下くんが……」


清香はさっきから、稟議書の印鑑の押し忘れについて、部署内で起きたちょっとした事件について話していた。

その話を聞きながら、ふと視線を投げた窓の向こう。
その先に、見慣れた車が停まった。


――あ、黒川さん……?


もしかして、この前と同じように、私を迎えに……?
でも、こんなところにいることなんて、どうやってわかったんだろう。

一瞬過った考えは、次の瞬間には塗り替えられた。

後部座席のドアが開けられると、そこから降りてきたのは、高貴な雰囲気を纏う細身の美しい女性だった。
そして、そのうしろから降り立つ海生。
人が行き交う中でも目を引くふたりは、明らかに私とは違う世界のオーラを放ちながら、隣のイタリアンレストランへと入って行った。

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