午前0時の誘惑
◇◇◇
仕事を終え、チェックしたスマホ。
その着信履歴は、海生で埋め尽くされていた。
着信拒否にすれば済むことなのに、それが出来ずにいるということは、どこかでまだ期待をしているんだと思う。
海生が私を追って来ることに。
……ううん、違う。
むしろ、海生からの着信履歴を見て、海生が私を忘れずにいることを確かめたいだけなのかもしれない。
私と同じ痛みを知ってもらうこと。
それが、今の私の切なる願い。
「莉良様」
社屋を出たところで、もう二度と聞きたくない声に呼び止められた。
振り返らずに、背中いっぱいに拒否反応を示す。
それなのに、黒川さんに私の意思は伝わらないようだった。
ツカツカと歩み寄り、いつもの平静な表情で私の前へと立ちはだかる。
「海生様がお会いしたいとのことです」
もうそのセリフは、聞き飽きた。
嫌味たっぷりに、大きなため息をついて見せた。
「黒川さん、私はもう……」
「いつものホテルをご用意いたしましたので」
「黒川さん、海生に伝えてください。社長就任式には出られませんが、婚約者と幸せになってくださいって」
感情を一ミクロンも込めることができなかった。
幸せになってくださいだって……。
自分で言って自分で傷つくなんて、私はどれだけ愚かなんだろう。
「――り、莉良様、なぜそのことを!?」
「それじゃ、失礼します」
呆然と立ち尽くす黒川さんを置き去りに、足早でその場を去った。