午前0時の誘惑

◇◇◇

「……莉良が?」

「はい……。お連れ出来なくて、誠に申し訳ございません」

「いや、黒川の不手際ではない」


深々と頭を下げる黒川を手で制する。

莉良に全てを知られてしまったという報告を受け、目の前が暗闇に覆われていく。
黒川の前だというのに、気持ちが大きく揺れ動くのを抑えることができなかった。

とうとうその時が来てしまったのだと。
訪れるべくして訪れた、決別のとき。

黒川に下がってもらい、いつも莉良と過ごしたスイートルームのソファへ腰を下ろした。

ふたりでいたときには気づかなかった寂しさに苛まれる。

莉良は……いつもこんな想いをしていたのか。
ひとりで過ごすには広すぎるこの部屋で、細い肩を震わせていたのか。

大きく息を吐いた。

莉良がもう会わないと告げた時、そんな言葉は簡単に引っくり返せると思っていた自分は、あまりにも身勝手な男だ。
莉良の気持ちのひとかけらさえ分かっていなかったのだ。
だが俺も、もうこれ以上、自分の気持ちに嘘をつくことはできない。
莉良といられない未来など、俺には何の価値もないのだから。

< 53 / 72 >

この作品をシェア

pagetop