午前0時の誘惑

悲しげな目元に、別れの言葉を躊躇った。

何を持ってしても、夏希を傷つけることに変わりはない。
だが、このまま婚約したとしても、お互いが傷つくだけだ。


「……ごめん。好きな女性がいるんだ」

「随分とあっさり告白しちゃうのね」


夏希は俺に向けていた顔を背け、ため息まじりに言った。


「自分のことを棚に上げる訳ではないから、よく聞いてくれ。夏希も、自分が本当に想う相手の元へ行くべきだ」

「私が想う相手……?」

「裕也のことだ」


夏希の大学時代の恋人。
アメリカに行ったきりになっている、俺の親友だ。

それは三年前のことだった。
ジャズピアノを勉強しに行くと、恋人の夏希を置いてアメリカへ旅立ってしまったのだ。
残された夏希は、連絡の途絶えた裕也を忘れられずに苦しんだ。

それから二年後のことだった。
夏希の父親が経営する家具の輸入代行会社が、不況の煽りを受けて倒産の危機に。

そこで、自分の娘を俺の嫁に差し出すかわりに、会社を救ってほしいと。

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