午前0時の誘惑

もしかしたらあれはちょっとした手違いなのかもしれないと、心のどこかで微かに持っていた期待はもろくも崩れ去った。
秘書に伴なわれている姿は、まさしく次期社長の姿にほかならなかった。


「おい、莉良、アイツ……」


まだ立ち去っていなかった陸也が、私のそばでポツリと呟く。

隣に立つ秘書が「乗りませんか?」と私に声を掛けた。


「……行ってください」


軽く一礼して、エレベーターに背を向ける。


「莉良!」


即座に海生の声が追いかけて来た。

それに構わず走り出した私の腕を、海生が強く掴む。


「待ってくれ」


こっちが苦しくなるくらい切ない声だった。
彼の顔も見られない。


「……離して」


そう言うのがやっとだった。

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