午前0時の誘惑

◇◇◇

「もう行くの?」


私の髪を撫で、ベッドから抜け出ようとする海生の手を咄嗟に引き止めた。

チラリと見やった時計は、まもなく午前0時を指すところ。
魔法が解ける時間を迎える。


「明日の朝、黒川をよこすから、送ってもらうといい」

「ひとりで大丈夫」

「いや、莉良ひとりじゃ心配だから」


私の手を握り返し、頬にそっと唇を押し当てる。

それなら、私をひとり残さないで、海生がそばにいてくれたらいいのに。
朝まで離れずに、抱き締めていてくれたらいいのに。
何となく言えずにいる言葉は、今夜もまた私の胸に留まったままだった。

ひとしきり抱き合った後、私を置いて帰ってしまう海生。
そこには、例外などという言葉は存在しない。

どれほど甘い時を過ごしても、どれだけ愛を囁いても、午前0時、その時を越えることは、一度たりともなかった。

海生の瞳が透き通るほどに綺麗なのは、そこに海生の実体がないからなのかもしれない。
優しく見つめてくれているはずなのに、見つめられるほどに胸が苦しくなる。

海生の本音が見えなくて、本当の姿さえ知らない。
捕まえたと思うものは、全て幻だったことにあとから気づかされる。

離れていく指先を繋ぎとめることは、今夜もまた出来なかった。

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