サクラリッジ
店の出入り口の近くでビュネを待っていると、まもなく彼女は現れた。
さっきまでは酔っ払いのようにふらふらしていたが、今は足取りはしっかりしている。
「お待たせ」
そう告げるビュネに、私は笑顔で返した。

外に出ると、のどが焼け付くような熱気に襲われた。
冷房の効いた店内とは違い、蒸し暑いのだ。
夜になったとはいえ、さすがに夏の空の下といったところか。
じっとしているだけなのに、服がもう湿り始めている。
「私のうちに行こう」
そういってビュネは手を差し出した。
私は右手に荷物を持ち、左手を突き出した。
ビュネは私の腕を掴むと、それに抱きついてきた。
「あっちあっち」
そういいながら、駅のほうを指差している。
私は指差すほうに向かって歩き出した。

歩き出したが、駅まではかなり距離があった。
見える距離だからすぐにつくだろうと思ったが、とんだ考え違いだ。
バッグが右手に食い込んでだんだんと痛くなってきたのだ。
思わず
「あ、ちょっとごめん」
とビュネを振りほどいて、荷物を持ち替えたほどだ。
ビュネはきょとんとしていたが、右手をグーパーさせる私を見て気づいたようだ。
「いいよ、私持つよ」
私は大丈夫だと言って再び右手で荷物を持とうとしたが、先にビュネの手が荷物に伸びた。
「いいからいいから」
そういって荷物を引っ張ろうとしていた。
「いいからいいから」
私も対抗して荷物を引っ張った。
そんなやり取りを何度か繰り返すと、ビュネは荷物から手を離した。
しかし、今度は私の左手を握った。
「一緒に持つの」
ビュネは満面の笑みを浮かべている。
名案でしょといわんばかりの笑顔を向けられて、私も知らぬ間に笑みを返していた。

腕に抱きつかれるよりも気恥ずかしく、緊張していたせいもあるだろう。
そしてこの夏の暑さもあるだろう。
私の手からは汗がにじみ出ていた。
だが、それでもこの手を離そうとは思わなかった。
あと数ヶ月を残すばかりとなった二十世紀の終わりに、私たちは一緒にいたのだ。
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