サクラリッジ

山頂晴れて

早朝、私は電車に揺られていた。
それまでのことは、おぼろげな思い出でしかなかった。
券売機の上の案内図を見たような気はする。
財布をあけて小銭を数えた記憶もある。
だが、どうして今ここにいるのかが思い出せない。
何か理由があった気がするのだが。

昨夜のことを思い返してみる。
私は睡魔に襲われ、いつ意識を失ってもおかしくない状況だった。
バスルームから出てきたビュネと、一緒にビデオを見たところまでははっきりと覚えている。
コメディ映画で、一緒に笑ったのだ。
私はその中のワンシーンにひどく噴飯し、いつまでも笑っていた。
あまりに笑い続ける私を見て、ビュネがそんなに面白かったかと聞いてくるほどだ。
その後がはっきりしない。
ビュネと同衾して何かを話したのではなかったか。
その前に、部屋の照明を落としたのだったか。
出来事を忘れたわけではないのだが、ことが起こった順番がめちゃくちゃになっている。
とにかく私は、ビュネとベッドに入ったのだ。
愛し合う恋人同士がするように口づけを交わし、抱き合った。
ビュネの身体が熱かったことを憶えている。
彼女もまた、私が熱いと言っていた。

そこまでは良いが、なぜ私は朝早くから電車に乗っているのだろうか。
今に至るまでの経緯がはっきりしない。
酒は口にしていなかったし、飲んだところで記憶を失う私ではない。
そもそも、こんな時間に焦って帰る必要などなかったはずだ。

そういえば・・・ビュネに口移しで薬を飲まされたような。
妙に甘ったるい味がしたのを、思い出した。
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