~恋愛楽譜~
前編

運命のクレシェンド

あれは…そう、あたしが小学校一年生のとき。
“彼”は、発表会デビューしたばかりの拙いあたしのピアノに、一粒の光と大きな課題をくれた。
緊張しながらの演奏が終わって階段を降りる時、調度“彼”はあたしに花束を渡す順番だったんだ。
『こんな真っ直ぐで綺麗な音、初めて聞いた…』
そう言って“彼”はどうやら感動しての涙らしいそれを流して、震える手であたしに花束を差し出した。
『キミならもっと弾けるよ。例えば今の曲の原曲とか―…』
そう言われて、負けず嫌いなあたしはちょっと機嫌を損ねて絶対いつか弾いてやるって決めたんだ。
だけど、あたしはそこに達するまでにこんなに時間がかかるなんて思ってもみなかったんだ…。

「はい、よくできました。今日はここまで」
にっこり笑う、ピアノ教室の先生。
ピアノが好きなのもあったけど、すごく温かで優しいこの笑顔で褒められたくて、あたしは毎週課題を完璧にこなして見せた。
「あっ、そうそう。今回の発表会はどうする?純ちゃん」
「発表会…」
そう。
この教室にいる限り今年もあの発表会には強制参加。
二回目だから、前回より曲のレベルを落とすわけにもいかない。
かと言って、前回完璧に弾きこなしてしまったから今回危険な難しすぎる選曲もできない。
「純ちゃんは他の子と違って、速く引けばカッコイイって勘違いをしてないから、ゆったりした曲が綺麗に弾けてるし、そういう曲から選んだらどう?」
「んー…」
確かにあたしは速く弾くことだけが上手い条件だとは思ってない。
弾けないからそう思ってるわけでもないけど、その曲に合ったテンポと弾き方があるって思ってるから。
「じゃあ、アヴェ・マリアにします。バッハの…」
「あっ、それなら他の子と絶対被らないし…先生、純ちゃんのアヴェ・マリア好きだから弾いてくれたら嬉しいな」
「一回バイエルは休んで、後一ヶ月はもう一度アヴェ・マリアを練習してきます」
「そうね、純ちゃんは時間をかけてその曲と向き合う程感情を込めた演奏になっていくから。そうしましょ」
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