放課後ハニー
一瞬の内に身体が強張った気がした。
ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。
それは色々困る、特に私が困るって。
「だーめ、ちゃんと理解しないと頭に入んないよ」
我ながら苦しいと思う。
私だってわかんない時は途中式だけでも見てしまうもの。
「もーテスト終わったしー。ね?」
智香の手が私の答案に伸びてくる。
やめてやめてと心の裡で叫びながら、顔に貼り付かせた笑顔。
もう騒ぎに巻き込まれるなんて絶対ご免なんだから―――!!!
「智香ぁ、早く取ってー」
…不意に智香の前の席から女の子の声が聞こえた。
後ろ手にぴらぴらと振られた2枚の紙は
どうやら答案の回答のよう。
「あ、ごめんごめん!」
私の答案用紙から指がするりと外れて
一瞬目が点になった。
安堵の溜息を飲み込んで前を見ると、
素知らぬ顔をしながら隣、また隣と解答のプリントを配る相模が目に入る。
「臨時でもこういう事はしてくれるんだねー。感心感心」
私の焦りも何も知らない智香は、私に回答を回し、さっと前を向いた。
…皆が気付いてるかどうかは知らない。
教師がプリントを配る時の癖というのは案外あって
右から配るか左から配るかだけでも結構別れているものだ。
相模は普段右の列から配る。
…そんな事するくらいなら
こんなもの書くなっつーの。
湧いた苛立ちに思わず視線を相模に向ける。
と、一瞬それが噛み合って、私は余裕を持って顔を逸らし、窓の向こうの空を見上げた。
「全員に回ったかな?それじゃ解説始めるよ」
私の不遜な態度なんて
ひと欠片も気に掛けていないような声が教室に響く。
秋の気配を纏った空はどこまでも澄んで
こんな馬鹿げたことで苛立つ私を見下す程の気高さを見せ付ける。
今の自分と対照的過ぎて気が滅入った。