放課後ハニー


扉に向かい掛けた足を止めて振り向く。


「…そうだけど」
「もうちょっと上、いけるよ。テスト90点台は学年でも友響ちゃんだけだったし、
模試もいくつか見たけど、国立だって合格圏だし」
「別にいい大学に行きたい訳じゃないわ。最低限以上の努力が必要ないと思えばいいんじゃないの?」
「それはそうだけど、自分を活かせるフィールドを選ぶ時には多少の努力もいいものだよ」


ついさっきまでおちゃらけていたはずなのに
下手な教職者よりもずっとそれらしい教師面を私に向け
教える者としての言葉を私に告げる。


「相模に関係ないじゃない」
「何かそこの学科に拘りでもあるの?」
「だったら何?」
「なんていうか…勿体ないなぁと思って」


それまで感じていた苛立ちとは全然別の
違う怒りが芽生えた。

『勿体ない』
それはある種、人を見下す言葉だ。

私の『拘り』が何か知りもしないくせに…


「今からでも余裕で間に合うし、ちょっと考えて―」
「相模も他の教師と同じこと言うのね」


20cm程下から、ただ真っ直ぐに、相模の目をじっと見据えた。
問い質すとも、言い包めるとも違う
何かを強く訴える、そんな視線。
昨日の相模も、同じような想いでいたのだろうか。
大人はそんなの、簡単に作れてしまうのかもしれないけど。

相模から初めて戸惑いのような表情が見て取れた。
でもそれはほんの一瞬で
俯いて次に顔を上げた時には、生徒に向けるような顔に戻っていた。


「これでも一応教師だからさ。引き止めてごめんね。じゃあまた…来週」


なんだか無性に悔しくなって
それには答えずに背を向ける。

…嫌な気分。
触れられたくない部分に触れられたのは、きっと久し振り。
そう。だから、嫌なんだ。

淀みを胸に抱えたまま、いつもより重く感じる扉を開けた。
吹奏楽部の軽快な演奏がひと際大きく流れてくる。

明日明後日はお休み。
学校に来なくていい。
相模にも逢わなくていい。
きっと来週には、さっきのことなんて忘れてくれている。
もしまた言われても、ちゃんと言い返せる。


「そうだよね、基哉…」


確認するように小さく呟いて、私はゆっくりと階段を降りていった。
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