放課後ハニー


「で、友響ちゃん」
「その呼び名定着させる気!?」
「いい名前だよね。音がいい」


ようやくまともに取り合ったかこの男…
なんて思ったのも束の間。
その言葉は、私の中のノスタルジックな部分を呼び覚ますのには十分過ぎるものだった。


 ―『うきょう、って言うんだ。いい名前だね。響きっていうか音っていうか…』


眉間の緊張、気付けば取れていて
見上げた相模の表情が、なんていうか
皆向きの『いい顔』じゃなくて、解放感を含ませた穏やかなそれになっていたのに気が付いた。

風に靡いた茶色い髪が、夕陽に透けて蜂蜜みたいな色になる。
真っ白な白衣をオレンジ色に染めて

その男は、教師でもなんでもない風にして、私の隣で佇んでいた。


「…ん?どうかした?友響ちゃん」
「別に」


出来るだけ不機嫌な声を発して、パチッと合った視線を逸らす。
一瞬見たその表情は、皆に向けるあの顔だったのがやっぱり気になった。
そしてあっさりと『友響ちゃん』の呼び名を受け入れていることに気が付いた。

私の頭は思ったよりずっと反応が遅いらしい。

…苛々するわ。


「あぁ、それと説教するつもりもないよ。俺そんな熱心な先生じゃないから」
「へ~ぇ。自覚あるんだ」
「うわっ、何?そういうのやっぱ見破られちゃう?」
「誰にでも同じ『いい顔』して同じ『優しい』を振り撒いてりゃわかるわ」


嫌味のひとつくらい
返してやらなきゃ気が済まない。

相模は一瞬驚いたような顔をして、無表情になった。

…何?
私の嫌味…効果ありすぎ?
伺うように下から覗き込む。

と、
携帯灰皿で短くなった煙草を揉み消しながら


「それは俺なりの大人のマナーって奴よ。友響ちゃん」


取り繕った不器用な笑顔を向けられて
なんだか胸に妙な感覚がざわめいた。

…嫌な気分だ。



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