放課後ハニー
「ちょ…何…?」
「あははっ!友響ちゃ…何言い出すかと思えば…」
急に笑われて戸惑う私を尻目に、相模は細かく肩を揺らす。
煙を吐き切ったのか、後から出てくるのは笑い声だけで
それも収まりかける頃には、目元を拭う素振りまで見せた。
「あー…友響ちゃんおっかし。確かにね。それは色んな意味で『イケナイ』わ」
ククッとまた少し笑い、息を整えるように溜息を吐く。
短くなった煙草は携帯灰皿の中で揉み消されて
後には微かなその香りが、一瞬だけ風に舞って消えていった。
「はぁ、一週間分笑った。俺そろそろ戻るけど友響ちゃんは?」
「もう少しいる」
「そ?じゃああんまり遅くならない内に帰りなさい」
ここにきて初めて教師らしいひと言を残し、相模は踵を返した。
私は振り返りもしなかったけど
きっと鍵が意味を為さないドアの向こうへ消えたのだろう。
扉の閉まる音が背後から聞こえた。
シルバーの文字盤を夕陽の色に染め、腕時計の針は5時を少し過ぎた辺りを示す。
ほんのちょっと前までは、この時間もまだ明るかった。
着実に近付く冬の気配。
今学期の期末試験を終えたら、その内すぐに受験という大きな波に襲われる。
なのに
…なんなの
なんでこんなに苛立つの?
調子が狂ってしょうがない。
折角の私のお気に入りの場所にずかずか入り込んで
人の事勝手に名前で呼んで
意味わかんない…
はぁ、と溜息を洩らした拍子に眼鏡がずれて視界が歪んだ。
掛け直しながら足元の文庫本をしまった鞄を肩に掛け、フェンスから離れて扉を開ける。
「あれ、早いね」
「なっ…!!」
驚いてよろけた身体が、丁度閉まった扉に支えられた。
嘘?どうして?
戻ったんじゃなかったの!?
「なんでここに…」
「言い忘れたことあるなーと思ったんだけど、また屋上行ったら怒られそうな気がしてさ」