放課後ハニー
壁に凭れていた身体を起こし、相模は私の正面に立った。
真正面で真っ直ぐに立つと、180cm程の長身が作る影が私の半身を黒く染める。
逆光と影の効果で目がチカチカして、表情が見えなくなった。
「ここで待ってても同じ事よ!」
「まぁそう言わない。ほら、また眉間に皺」
「誰のせい!?」
そうよ、ほんと、誰のせいだと思ってんの。
いちいち苛立つの。こんなの嫌だ。
「俺のせいだって言うの?心外」
「アンタ以外に誰がっ!大体言いたいことって何よ!?」
「そうそう、忘れちゃいけない」
「何なのもう…」
こんなのは嫌だ。私らしくない。
私のペースが乱される。
「さっさとしてよ。早く帰れって言ったのさが―」
驚いてよろけた身体が
再び扉に支えられた。
レンズの前1センチの距離に相模の顔があって
鼻の頭が微かに触れて
何よりも文句を言っていた唇が
唇によって塞がれている。
「…!」
キスなんて初めてじゃないはずなのに、息が出来なくなった。
感覚を麻痺させてしまいそうな、煙草の苦味を含んだ独特の香り。
呼吸の仕方を忘れたよう。
声も出ない。見開いた目が、近過ぎるその顔を丁寧にぼかす。
身体を押し返そうとしてもビクともしない。
余計な力を使ったせいで、更に息苦しくなる。
「―っ!」
それを察したのか、違うのか、解放された唇で思わずひと呼吸。
強張っていた肩の力が一瞬抜けて、鞄が足元へ音を立てて落ちた。
「…っはぁ……」
何?何なの?一体何なの?なんで相模が!?私にキス!?
息も心臓も100m走り抜けたくらい煩い。
怒りと憤りと戸惑い、それから妙な恥ずかしさ。
色んなものが入り混じり乱れて昂った感情のままに
私は右手を振り上げた。