放課後ハニー
パシッ、と乾いた音が空気を震わす。
だけどそれは私の平手が相模の頬を叩いた音ではなく
相模の手に、右の手首が収まった音だった。
相変わらず肩でする息とは裏腹に、熱を帯びた感情が一気に冷める。
目が慣れたのか、ようやくまともに見えた相模の表情が冷静であることに
また違う怒りを覚えた。
「…っにすんのよ」
「暴力反対」
「そっちじゃない!」
意味がわかんない。だって相模は入院中の物理教師に代わる臨時の教師で
私は生徒、で。
…あぁもう思考の始まり方すらおかしくなってる。
私が知りたいのは…
「え、もしかして初めて?」
「んな訳ないでしょ!?」
「なんだ、残念」
「『なんだ』って何!!」
思わず張り上げた声を制するように、今更ながら相模は唇に人差し指を当てた。
我に返って息を整え、再度気持ちを落ち着かせる。と、
先程された発言が、ゆっくりと頭の中に入ってくる。
…あれ?
残念?残念って言った?
「よく言うでしょ。男は女の子の最初になりたがるって」
「…そんなの理由にならないわ」
「もっともらしい理由の方がいい?」
そう尋ね、不敵な笑みを浮かべ傾げる小首。
見ただけで私の苛立ちが増した。
「いい加減この手離して」
「俺は友響ちゃんのこと好きだよ」
…思考が止まった。
たった4文字のひと言がそうさせる。
どう受け止めていいのかわからなくなって
全く違うことが頭の中でぐるぐると駆け巡る。
あぁ、やっとわかった。苛々する理由。
相模との会話は、会話してるようで会話が成立していない。
噛み合っていないから苛立ちが募る。
「……は?」
十分過ぎるほどの間を持って、声を絞り出した。