わたしが本当に好きな人
「どうですか?」
「ほんとに上手!曲に引き込まれるかと思った」
「お世辞はよしてください」
「お世辞なんかじゃないよ」
分かっています。
「ありがとうございます」
お世辞なんて言っていないことは分かっている。
「これからも来ていいかな?」
「はい?」
これからも?
「これからも、ですか?」
「だめ?」
「だめじゃないですが……」
むしろ来てほしい……
そう思うのは我が儘ですか……
「じゃあ、これ」
先生は手帳のページを破って、わたしの前に置いた。
「それ、僕のアドレス」
「もらっていいんですか?」
「うん、ピアノ弾く時間、それに送って」
先生のアドレス……
もらっていい……
あまりのことにわたしはその場に固まってしまった。
「ちなみにケータイは変えてないから」
先生は「じゃあね」と言いながら音楽室を出る。

先生は去り際にいつも淡い期待を抱かせる。
そしてわたしはいつも淡い期待を抱いてしまう。

「今日はもう帰ろう」
先生がくれた「アドレス」をパスケースにしまい、わたしも音楽室を後にした。

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