不可解な恋愛 【完】
上司の吐いた煙草の煙が、黄金の壁を登って消える。
短くなった煙草を見て、そろそろかな、と思った。
「龍、帰ろう」
「ああ、はい」
『もう帰っちゃうの?』
「明日早ぇんだよ」
立ち上がろうとする俺の腕に、今度はぎゅっと巻きつく飛鳥。
纏わりつかれるの嫌いって言わなかったっけ。
心の中で大きくため息をついて、仕方なく、彼女の頭に掌を乗せる。
「また来るよ」
『本当!?』
「うん。ほんと」
『楽しみにしてるね。約束よ?』
俺の腕から離れた彼女は、心底幸せそうに笑っていた。
彼女に微笑み返すでもなく、上司のあとについて部屋を出る。
嘘をついたわけじゃない。
どうせこの店には、ここが潰れるまでの間に通い詰めることになるだろうし。
だけど、「また来る」という言葉が自分の口を付いて出てしまったことに、些か驚いた。
細くて、頼りなくて、独りでは生きていけなさそうな、俺の好みとは真逆の女。
でも心のどこかで俺は、杏奈を守りたいと思い始めていた。
好きとか嫌いとか、そんなんじゃない。
杏奈が俺に抱いている好意とも違う。
一番近い感情と言えば、使命感、だろうか。
このままではどうなってしまうかわからない杏奈を、守らなければ、と思った。