満ち足りない月
Ⅵ 雨音の調べ
彼女はそう言うとしーっと声を殺しながら人差し指を口の前に持ってきた。
静かに、ということだ。
セシルは口を閉じると、その小さな体で跳ねるように楽しく歩いて、自室に向かった。
二人は清楚でまとまった雰囲気のその部屋に入ると、セシルは一目散に窓際にある机に向かった。
そしてその上に置かれてある、磨かれた黄土色の球体を手にとる。
「ほら、毎日磨いてたからピカピカでしょう?」
振り返って笑顔でそう言う彼女に、エルと呼ばれた女性もまた微笑み返した。
「うん、とってもキレイ」
女性なのに歯を見せてにかっと男の子のように笑うその笑顔はセシルにとって、見ていて最も安心するものだった。
彼女はセシルの専属の家庭教師の一人だった。
音楽を担当している。
厳格なセシルの父は昔自らも音楽の技術を嗜(たしな)んでいた事もあり、娘にはピアノ、声楽、フルートを厳しく教えこますようにしていた。
そんな父によって選ばれたこのエルという女性は実に優秀な成績を残してきており、現役で今だに活動している。
そんな頭脳明晰、音楽による多大なる才能も持ち合わせている彼女だったが、セシルにはそんな凄い人なのだ、という事は理解出来ていなかった。
何しろ彼女はセシルにとって唯一の“友人”と呼べれる存在なのだから。