不器用な指先
『もしも…』
『実冬ちゃん!?!?』
携帯から聞こえて来たのは、女性の荒げられた声だった。
『え…?』
『私よ…!透の…透の母です…!!!!』
『お母さ…ん…?』
私は隣の市にある透の実家にもよく遊びに行っていて、お母さんにもよく可愛がってもらっていた。
それにしても
でも…どうして…?
どうして透のお母さんがこんなに大声で電話をかけてくるの…?
まさか私の浮気に気付いて…?
そんなことあるはずもないのに、後ろめたいことがあるだけに、つい動揺が声に表れてしまう。
『えっ…お、お母さんどうし…』
『透がっ…!』
『…え…?』
『透がっ……透がトラックにはねられたって……っ』
え…?
『赤信号なのに通りに飛び出して…トラックにはねられたって…っ…!!』
え…?
『いま…っ…熊谷病院に搬送されて…』
病院…?
『とても…危ない状態だからって…っ』
危ない…?
透が…?
『…っ…とにかく早く病院に来てちょうだい…っ急いで…っ』
透…
透…?
病院…?
危ない…?
透が……?
お母さんが鳴咽混じりに零した言葉が、断片的に私の頭の中に入り込んで来る。
私の身体じゃない何処か違うところで心臓が動いているかのような変な感じだった。
此処にいるのが
此処でこうして携帯を握っているのが自分ではないみたいで
『わ…かりました…すぐ…向かいます……』
自らの口から出た言葉さえ
どうやって発したのか分からない。
視界に映っているはずの部屋の光景は何の色味も持たず、心と身体はただ分裂したまま元に戻る気配すら感じさせない。
プープーと無機質な音が響く携帯を耳にあてたまま、ただか壁を見つめてた。
その音さえも、聞こえているという実感はない。
その壁さえも、見えているという実感はない。
身体が一切の機能を放棄してしまっていた。