不器用な指先

痛いくらいに

お母さんの叫びが耳を刺す。

でも私は

私の思考は、その理由を飲み込めていなかった。
いや、むしろ…飲み込まないようにしていた。

お母さんが泣いている理由を

お父さんが笑わない理由を認識してしまえば

私を今此処に存在させている何かが

根底から崩れていく気がした。



お母さん…

何で…泣いてるんですか…?

お父さん…

どうして…

いつものように

笑ってはくれないのですか…?



何も知らない幼子のように

頭の中では、ただ稚拙な疑問が渦巻く。



どうして泣いてるの?

どうして悲しいの?

何があったの?

何かあったの?



『…実冬ちゃん…っ』

気付けば、信一さんの胸の中にきつく抱き寄せられていた。


彼の声と、その身体の振動が伝わる。


何を…何をそんなに悲しんでるの?


透は…


透はあの部屋の向こうにいるんでしょう?


心配かけたね、そう言って笑っているんでしょう?



私は信一さんの胸を押しやった。

『実…冬ちゃ…?』

『ど…したの…?』

『……?』


ふと視線を向ければ、椅子に顔を伏せて泣き叫ぶお母さん。

このまま呼吸を失ってしまうんじゃないかというくらいに、激しい鳴咽を繰り返している。


その隣には、立ち尽くしたまま既に明かりを失った「手術中」のランプを見つめ続けるお父さんの姿があった。


本当は分かってる。

この状況が何を示しているのか。

透がどうなったのか。

だけど認めるわけにはいかなかった。


自分の恋人が

この世を去っただなんて。


自分の恋人が

自分のせいで

その命を失ったなんて。


自分が透を裏切っている時に

彼が

死んでしまったなんて。





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