魚と青年
 喋る魚、だなんて珍しすぎて気味が悪がられるだけだ。

下手すると、解剖して体の仕組みを調べたがる研究者もいるかもしれない。

「若者よ、心配してくれとるのか。だが、心配には及ばない。ワシは変身が出来るのだ」

「変身?」

「まあ、見ておれ」

 言うが早いか、魚の宇宙人の姿はブラウン管で毎日のようにCMやドラマで活躍している巨乳アイドルの姿に変わった。

ヒラヒラした衣装に身を包んだその姿は、まさに僕の部屋に飾られたポスターそのものだった。

「変身には対象者の姿を見ながらでなければ出来ないのじゃ」

 声と喋り方は魚の宇宙人のままだ。

「って……まさか、お前、その格好で買い物に出掛けたのか?」

「悪かったかのう?」

 すごく嫌な予感がする。

気のせいか?アパートの周りがうるさいような気がするぞ。

ドン、ドン、ドン、ドン。

 アパート扉が乱暴な調子で叩かれ、鋭い口調の男の声が大きな声で話し掛けてきた。

インターホンすらついていない古いアパートなので、用がある人間は自然と扉を叩く事になる。

「ちょっと中にいるんでしょ?リナちゃんが君の部屋に入っていくのを見たっていう情報が入って来てるんだけど話、聞けないかな?」

 リナちゃんとは、言わずと知れた、例の巨乳アイドルの事で、外にいるのはテレビのリポータの類だろう。

どうやら魚の宇宙人が化けた姿を見て勘違いした人間が、その事をプレス関係に漏らしたらしい。

「いや、勘違いだと思います。そんな人、ここに来る事ないし」

 扉を開けずに大きな声で答えるが、それで納得しては、くれないだろう。

僕は窓に近寄り、カーテン越しに外を探る。マスコミ関係らしい人間が四、五人、このアパートの前でたむろしていた。
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