タレントアビリティ
「聞きたい事よね、そえ?」
「まあ、そうだけど」
「人に物を頼む態度じゃなかったけど、能恵さんは優しいからそえを許します」
「……どうも。あの、拍律って名前に聞き覚えあります?」
「はくりつ……?」

 小首をかしげる能恵。そして芋虫のように畳をはいずり回って、部屋の隅のパソコンを立ち上げた。
 能恵のパソコンは基本的なノートパソコン。しかしスペックがやたらめったら高く、それを添が使いこなせる事はない。
 それは友人にセットアップして貰ったという。どんな友人だか知らないが、さぞかし凄い才能だろう。個人特定というセキュリティを無視したパソコンを、一般人が作れるはずがない。

「はくりつって、リズムの『拍』に律令の『律』?」
「多分。いやぁ、一応同学年だけど設定無いから」
「そこの才能無いよね、そえ」
「……マイナスでもないからいいだろ?」
「ま、ね。……多分これだ。拍律さん? きっと音楽の才能に秀でているんじゃない?」
「……1人で四重奏やってたのを今日たまたま聞いて、上手だって言ったらそんな事無いって怒られた」
「なるほどなるほど……。拍律って言ったら、音楽業界で知らない人いないくらいの超有名人だよ?」

 呆れるような声を投げられた。そして溜め息。なんでそんな事も知らないのと、そんな風に。

「マジ?」
「マジです。その、拍律さんの下の名前は?」
「『風』に『音』って書いて、かざね、だったかな……」
「……添」

 きつい声で名前を呼ばれ、思わず添は身体を起こした。能恵の白い前髪から覗くベージュの瞳が添を射抜く。
 能恵が見せるこんな表情は、怖いの他にならなかった。喧嘩になれば敵わない。護身術は当たり前だし口喧嘩も強い。幸いにも能恵は温厚だが。
 だからこそこの目が辛い。10秒ほどの沈黙が、10時間にも感じられるくらい。
< 10 / 235 >

この作品をシェア

pagetop