タレントアビリティ
「きちんと謝りなさい。あなたの演奏を誉めてすみませんでした、ってさ」

 有無を言わさない提案に、10時間の時が動き出す。

「……はい、能恵さん」
「よろしいっ。まあね、うん、風音ちゃんって大変だから。演奏誉められるの慣れてないし、何より自身がサッパリ無いんだと思うよ? まあそういうとこ、そえと似てるような気がするなぁ」
「でもやっぱ俺はさ、能恵さんのその評価は認めたくない」
「……そのうち分かるんじゃないかな?」

 パソコンを閉じて振り返る能恵。先程のような冷たい目線は無くなっていて、いつものように優しく微笑む能恵がいた。
 この豹変っぷりもまた才能。こうして説得出来る事も才能。パソコンで個人特定をこなすことも才能。しかしこれはほんの一握り。本当に、ほんの一握りなのだ。

「謝れって、何をさ」
「さっき言ったでしょ? さ、ご飯でも作りましょっか。何食べたい、そえ」
「……なんでもいいよ」
「えー、それ1番困るんだけど? じゃ、ナンにしましょ。カレールー買ってきて?」
「インド料理か。了解」

 財布を握って、逃げるように部屋から出る。そんな内心は見通されていることくらい、添には分かっているけれど。
 やっぱり添にとって、能恵が波長を狂わせる直接的な原因だった。なのに追い出さない自分が不思議。実際能恵を追い出せないのだけれど。

「まあいいや。そのうち分かるか……」

 軽い財布を握ってアパートから出る。財布の中身にはお札しかないから軽いわけで、小銭は種類別に能恵が貯金しているのだ。こんなところにも地味な才能。添は苦笑して、やや暗い空を見上げて歩く。





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