タレントアビリティ
「風音ちゃんは、それを散々知ってる。幸い一人っ子だったからよかったけど、お父さんやお母さんのちくちくしたプレッシャーは感じてると思うよ? 高校2年生なら尚更さ」
「だからか……」
「うん、だからだよ。誉められる事に慣れてなかったとかあるかもだけど、何も知らないそえにそんな事言われたから、そりゃあ怒る」
「でも能恵さん。能恵さんがもしあの演奏を聞いたとしたら、多分素直に誉めると思う」

 口元までパンを運んでいた能恵の手の動きが止まった。丸い瞳で添を見ながら次の言葉を待っている。添は続けた。

「だって凄かったし」
「……私が誉めるであろう演奏、ねぇ。そんなものが一般世界にあるとしたら、ぜひ聞きたい限りかしら」
「一般世界ってわけじゃないだろ? その、拍律一家ってかなり有名な音楽一家だって?」
「まあね。お母さんが指揮者でお父さんがそのオーケストラのピアニストだったらしいのよ。今でも夫婦でお仕事あって、暇があれば風音ちゃんのピアノ指導」
「どこまで知ってるんだよ……」
「どこまでも。んで、そえ? 風音ちゃんには自信が全くないって話だって?」

 ナンを口にしながら能恵が尋ねた。口の周りをカレーだらけにしているのに、真っ白なワンピースにはシミ1つ無い。妙なところで器用だった。

「そうなんだよな……」
「そえが力になる?」
「いやあ……。それは厳しいと思うさ。俺音楽ぜんっぜん分からないし、それに俺は、そんな才能無いしさ……」
「またまたぁ。そえは私と似てるんだから、やれると思うんだけどなぁ」
「またまたぁ、って言いたいのはこっちだけど。いい加減諦めてほしいよ、能恵さんのそれは」
「やーだね。私は間違ってない。けどそえも、間違ってない」

 まるで禅問答だった。正しさと正しさのぶつかり合いなら、どちらかが折れるまで終わらない。
 溜め息1つ。カレーのおかわりでも食べようかと、添は重い腰を上げた。

 能恵との夕食は嫌じゃないけど、こういうのが、ちょっと胸に痛い。
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