タレントアビリティ
「楠美さんに、母親らしくさせてやれよ」
「いや、ちょっと兄ちゃん、言いたい意味が分からないよ」

 メールを返して添は続ける。夜空はどこまでも暗く、けれどどこか透き通っているような、そんな色合い。隣の走馬の表情を、知らないような色合い。

「お前が万引きして生活費ごまかすよりはな、母親に甘えてやったほうがいいんだよ。自分の事は自分でやれるのは分かるけど、だからって、一から百までやる必要は無いだろ」
「……………………」
「強く振る舞うのもいいさ。お前の本当の父さんと母さんがどこにいるか俺は知らないけど、楠美さんの前では、息子でいてやれよ、走馬」
「…………兄ちゃん、ずるい」

 鉄棒から飛び降りながら走馬が言った。だからどんな表情だったのか分からないけど、悲しそうな声色だったのは分かった。
 背を向けたまま上を向いている走馬の隣に、添は立とうとは思わなかった。

「だって、母さんに迷惑かけたくないし。自分1人生きてくのに精一杯なのにさ、ボクの面倒みようとするから、あんなひいひい言って仕事に明け暮れなきゃいけないんだよ」
「だからってお前そんな犯罪で稼いだお金で、楠美さん支えようって……」
「バイトしろっての? ふふっ、面白い事言うんだねぇ……」

 振り返って走馬が睨む。絶望感と諦めと、行き場の無い怒りに満ち溢れた目の色で、どうしようもないと分かっているけど添にぶつけるしか無い。
 溜め込んでいたものを吐き出すように、走馬は叫んだ。
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