タレントアビリティ
 すっと走馬の首を離して、背中を押す。母と息子の微妙な距離感はそのまま心の距離を表しているようで、そして楠美の後ろには能恵がいて、走馬の後ろには添がいた。

「……何さ」

 ぶっきらぼうに答える走馬と、心配そうにそれを見る楠美。何とも言えない距離感がそのままで、だけどそれが母と息子の距離で。
 背後からそれを見ていると能恵と自分の距離に似ているなと、心のどこかで思っていたりした。

「あの、ね」
「言いたい事、あるなら言えば」
「……そうよね。あのね走馬」

 一歩、距離を詰めて。ふわりと柔らかい笑顔を浮かべた楠美は、けれど何と無く引き攣った笑顔で、走馬に言った。

「走馬のこと、なのよ」
「ボクの出生とか? それなら、ボクの勘でアタリでしょ」
「……ごめんなさい」
「母さんが謝る事じゃないよ。仕方なかったんでしょ? 事故だったんでしょ? ボクのホントのお父さんとお母さんと、母さんの旦那さん、死んじゃったんでしょ? ボクと母さんと2人だから、生きていかなきゃなんでしょ?」
「そういう事じゃないの、走馬。私があなたに隠している事が、もう1つ、あるの」
「……何だよ」
「お母さんにもね、戸籍、無いのよ」
「……知ってる」
「おかしいと思わなかったかな。ねぇ走馬、あなた、おじいちゃんとおばあちゃん、会ったこと、ある?」

 ふらりと後一歩、楠美は走馬に近づく。互いの距離を詰めつつ心の裏側を吐露していって、けれどまだ距離がある。夏の夜の空気が、ねっとりと暑い。
 走馬の顔が固まった。詰められた楠美との距離がわずかに開き、走馬と添の距離が詰まる。
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