タレントアビリティ
「そーえ」
「能恵さん。いつの間に」
「いい仕事したんじゃない? ちょっと荒っぽかったけど、それがそえのやり方だってなら私は何も言わないわよ。風音ちゃんのバイオリンも、そうま君の事も」
「……今更何を掘り返して」

 隣に寄って来た能恵がそんな風にからかうから、添はいきなり現実に戻された気がした。結局能恵がいなかったら、ここまでうまくいかなかったのかもしれない。
 溜め息1つ。その時ふと添は、とある深刻な事を思い出していた。隣の能恵に耳打ちする。

「ひゃんっ!」

 艶っぽい声が、いきなりした。
 ささやかれた左耳を押さえて顔を真っ赤にして、能恵は思い切りのけ反る。いきなりの事に、添は間の抜けた声を漏らした。

「……は?」
「ちょっ、いきなり何よ! 私耳弱いのよ!」
「へぇー……、そうなんですかそうなんですか……。あの能恵さんに弱点あったんですか……」
「あ……」

 しまったという風に固まり、ニヤニヤする添を見る能恵。添はニヤついたまま頭の後ろで手を組んで、嬉しそうに空を見た。

「ラッキーですね。弱み握った」
「あの、ちょっと、そえ」
「そーかそーか。今度からそういう風に対処すればいいのか。ありがとうございます、能恵ちゃんっ」
「……そえー?」
「あーでもそんな一面あったんだなー。かわいいじゃないですか、あんな、ひゃんっ、って声あられもなく出しちゃって。心のどっかから、黒い影溢れてくる……。能恵さん?」

 軽く有頂天モードに移行していた添を尻目に、能恵はすたすたと走馬と楠美のほうへ歩いて行った。手には大きめの茶封筒。どこから取り出したのだろうか。
 走馬と楠美には、やっぱりどこと無く距離感があって。いきなり打ち解けるだなんて無理だとは分かっているけど、きっとこれからなんだろうと添は決めた。そうであって、ほしい。
 能恵は2人の前に立ち、茶封筒を渡しながらぶっきらぼうに言った。
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