タレントアビリティ
「こないだ買った本でオススメあります?」
「そーね……。『きのこの山とたけのこの里は、何故和解しないか』とか、結構ツボだったわ。第三勢力が性急に作られる事が必要だって。あ、あれ読んだ?」
「『ママチャリコーナーリング』ですか? 面白かったですね。主人公が51歳の専業主婦で、競輪場に突撃するとかいうのが、なかなか笑えました。同じ作者のを読みたいなと」
「そうね、探して見るわ。『スワンダイブ!』とか、足漕ぎアヒルさんボートの競艇話があるらしいのよ」
「あ、ぜひお願いします」

 そんな風に能恵と盛り上がれる事が、添にとっても楽しかったりしている。夜にややアルコールの入った能恵と議論を交わす事だったり、本屋でわいのわいのと騒いだり。
 そして能恵の並外れた経済力や行動力は、紀伊国屋やジュンク堂といった本屋で数十万単位での購入を許している。そのおこぼれにあやかるうち、添はいつしか本の虫になっていたりした。

「あと、前に古本屋言ったとき見つけたんですよ、『フロムポテト』」
「えっ! あった!」
「買いましたから、後でよかったら」
「きゃーありがとーそえーっ! あれ読みたかったんだけど、なかなか無くて!」

 そして今もこうして、夕食後のテーブルでまったり論を交わしていた。走馬の一件から2週間ほど、少しずつ秋の足音が聞こえてくる時期だ。割れたちゃぶ台は買い直した。
 能恵はいつものように白いワンピースを着てグラスに注いだ麦焼酎をちびちび飲んでいる。酔ってはいないのだけれど、すぐに赤くなるのが彼女だ。

「今ある?」
「まだ読み終わってませんから、もうちょっと待ってて下さい」
「なるべく早めにねー」
「はいはい。あ、能恵さん、明日駅前ビルで同人誌の販売イベントがあるらしいんですよ」
「ジャンルは?」
「近代批評の過激な類いですけど」
「年齢層は?」
「若者主体ですよ。行きますか?」
「うーん、行きたいけどねー。ちょっと予定が……」

 こんな即売会にもよく足を運ぶ。小さな販売イベントに埋もれている文学的な才能を、能恵のコネで持ち上げたりすることもしばしば。
 事実能恵にはクリエイターの知り合いが多い。世の中に一石を投じるクリエイターのうち、何人かは能恵の後押しがあるとのことだ。
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