タレントアビリティ
「10分だ、そえ君」
「……意外と長かったです」
「そうかそうか。〆切り前の10分がどれだけ貴重かを、君は少しは分かっているようだね。あ、あっちゃんならまだ外だ。君の個性を見るのはまたの機会にしておきたい、と」

 部屋に1人だけ戻って来た要を見て、添のテンションはさらに下がった。能恵がいるならとにかく、この人と2人は嫌だ。
 社長室のどこかにムチとかロウソクとかあるんじゃないかとか、本気で怖かった。もちろん色は赤だろう。血の色。

「どうしたんだいキョロキョロして。ところで書けたか?」
「とりあえず自分なりに、自分自身というものを書いてみましたけど」

 そんな添から受け取った紙を興味深そうに見る要。目の色がちょっと明るくなった。
 そしてすぐに暗くなる。目つきがきつくなる。添の前に座り、そして頭を抱えて目を見ずにぼやいた。

「……なぜ白紙だ?」
「書くことがありませんから」
「それは意図的なものか? それとも10分間何も出来なかった途中放棄的なものか?」
「意図的なものです。僕にはこうして、目に見える形で自分自身を書き表すような、そんなものはありません」
「そう思う理由は?」
「そう思うからですよ」

 深く、深く溜め息をつく要。溜め息をつきたいのはこっちだと、添は本当に思った。
 何も思い浮かばなかったわけではない。屋上の様子や昼ご飯や、そんな書こうと思ったものもあった。けれどそんなものは、自分自身ではない。

 自分には何も無い。才能と言えるものが何も無い。
 だから白紙を選んだ。赤い鉛筆をへし折って添えて、毅然とそれを提出した。

< 187 / 235 >

この作品をシェア

pagetop